ふじみクリニック

「五月病」あるいは祭りの終わり

2022.05.05


[2022/5/4 清瀬市 中清戸]

 
4月後半からゴールデン・ウィークが始まるまで、雨天晴天がせわしなく交代し、寒暖差の大きな数週間になりました。5月に入って連休後半は、強い陽差しの下、少し歩いただけで汗がにじむ初夏の陽気となりました。街路樹も街はずれに点在する林の樹々たちも、その新緑は少しずつ色を濃くして、深い緑に変わりつつあります。

この度は、久方ぶりにコロナ制限が解除された大型連休となり、公園や観光地は多くの人出で賑わったようです。次々と姿を変えて生き残ろうとするウイルスと、何とかそれを撲滅しようとする人間とのバトルは、一つ終わってもしばらくすればまた新たな戦いが始まるという性質のものですから、これですっかり自由の身というわけにいかないのは仕方ありません。国から国への移動が容易になり、外国旅行が大衆化された現代においては、新たな敵が現れる周期は確実に早くなり、広範化しています(本コラム「コロナと日常(1)(2)」参照)。

けれども、とりあえずいくらかでも羽を伸ばし、もう一度青空に羽ばたいてみたいと思うのは自然な感情です。友人との数年ぶりの再会を愉しみ、子どもたちと広い公園や遊園地に出かけて思い切り走り回り、遊ぶことができたご家庭も多いことでしょう。

また、この4月、新年度を迎えて張り切って新たな環境になじもうと努力した人にとって、GWは、本来は格好の休息期間になるはずのものです。新たな課題や環境が要請する生活や意識の変化が予想した範囲内のものであった人、またオン・オフの切り替えが上手な人ならば、気分転換を図ることができる1週間程度の休息によってリフレッシュされ、休み明けに本格的な学業や仕事の態勢を構築する活力が得られるかもしれません。

このようにこの時期の連休は好ましいものといえる反面、環境への適応がうまくいかず疲弊した人や予想外の事態に直面した人の場合、連休明けの時期にがくんと調子を落とすことがあり、こうした心身の不調は「五月病」と総称されています。

例えば、志望校に入学することは出来たものの、どうも予想とは違った雰囲気の大学だったとか、地方からあこがれの都会に意気揚々と転居してはきたけれど、一人暮らしのせわしさや高い物価に直面して暮らしにくさを実感するのがこの時期です。昇進して新たな部署に配属されたものの、部下はどうもいうことを素直にきいてくれず、相談しやすい上司にも恵まれなかったような場合には、孤立状況の中で不安が高まり、やる気がそがれがちになるのも、やはりこのあたりの数か月です。

「五月病」という呼称は精神医学的用語ではなく、この時期に環境への適応がうまくいかなかった学生や就職したてのビジネスマンが陥りやすい状態のことを指し、精神科的には「適応障害」と診断されることが最も多い病態です。睡眠障害、意欲・集中力低下、食欲不振などのうつ状態や、不安・いらいら感、自信喪失感、被害感など様々な症状・苦痛が現れて、通学や通勤が困難になることがしばしば生じます。

さらに今年の場合、特別の環境変化がなかった人にとっても、コロナ禍で様々の規制に縛られていた長い時期の後ようやく制限緩和され、思いきり羽目をはずしてみたものの、楽しいことが終わってしまうと、その楽しさが大きかったほど、反動的に強い寂しさやむなしさに襲われるという事態が生じることもあります。これはGW後に限らず、夏休みや年末年始といった「お祭り騒ぎ」の後に隠されている共通の落とし穴です。

心身の疲弊状態に陥りがちなこのアブナイ時期を、私たちはどのように乗り越えたらよいのでしょう。と言っても、せっかくの連休なのに、肩ひじ張って、用心して、心浮き立たぬように自制しなければならないというわけではありません。愉しんでいい時に、こころや身体を思い切り解放することは大切なストレス対処でもあります。

そうではありますが、少なくとも大学生や社会人ならば、愉しみながらも、その都度の自分の睡眠状況や疲労の程度を観察する冷静な自己観察の目を持つことが大切です。夜通し遊んだり、長い時間お喋りに高じたりすることが絶対だめだというわけではありませんが、その翌日はゆっくり静かに過ごせる時間を確保すべきでしょう。暴飲・暴食がこころや身体によくないのはいうまでもないことです。1週間くらいの連休が与えられた場合に、もしもそんな一日があったとしたら、学校や仕事が再開する前の数日間は、ふだんの生活時間に準拠してゆったりと読書したり、音楽を聴いたり、ぶらりと散歩する時間などを設定する心づもりが必要です。

これまで再々述べてきましたが、睡眠、腹八分目のバランスの良い食事、適度な運動、自分の目的とすることを自覚し、その目的に向かう道程のどのあたりを今自分は歩いているのかを推し量ること、周囲と自分をくらべ過ぎないことなどが、焦りを和らげ、過度な消耗を防ぐ共通の方法となるでしょう。この時期に限らず、それらがどうもうまくいっていないように感じるときには、迷わずこころの専門家を尋ねてみることをお勧めします。