ふじみクリニック

医療安全について(3)

2024.04.22


[清瀬市 上清戸(ニンジン) 2024年4月]

第1回(記事はこちら)

1.医療安全管理とはどういうことか,その対象はどのようなものか
2.医療安全管理は,理想と現実の架け橋である

第2回(記事はこちら

3.医療安全管理の成否は医療者の志気(morale)に直結する
4.3種類の「危機管理」
1)リスク・マネジメント(RM)とクライシス・マネジメント(CR)
2)問題探索的・先見的危機管理(IM)

第3回(本コラム)

5.倫理綱領の策定・公開と説明責任:透明性と相互性を備えた率直な情報開示の重要性

第4回(最終回)

6.医療安全において用いられる用語の整理
1)有害事象(occurrence, sentinel event),過誤(error, mistake),過失(negligence)
2)医療水準(medical standards)
3)注意義務,安全配慮義務
4)予見可能性(predictability)
5)説明義務

おわりに
引用文献

5 倫理綱領の策定・公開と説明責任:透明性と相互性を備えた率直な情報開示の重要性

医療安全を成立させる基本は,つきつめていえば,個々の医療者の拠って立つ倫理意識であり,社会的責任の自覚ということになります。すでに多くの医療機関が,倫理綱領を策定しホームページなどで公開しています。倫理規定策定と理想的な医療の実現との間には大きな懸隔があるのも事実ですが,出発点として,またたえず自己点検していく原点として,各医療機関がその特性に応じた独自の診療理念と倫理綱領を策定することは必須といえるでしょう。

そもそも「専門職」を意味する英語のprofessionという言葉の原義は,宗教上の慣習と関連する「公言するprofessing」行為または事実12)というものでした。すなわち,プロフェッショナルとは,高い理想に忠実であろうとの努力を絶やさず,ごまかしのない生き方をすると公衆に約束した人のことです。プロ(専門職種者)として立つということは,すでに公益性を体現するとの誓約を含んでおり,通常の職種以上に厳しい倫理基準の下で働くことを自ら認めることになります13)。それゆえに専門職種者はその職を独占することを許され,一定の社会的敬意を享受しているのです。

上述のJ&J社の危機管理の成功は,同社の掲げていた経営理念がただの飾りではなかったということを図らずも証明したものとなりましたが,それだけでなく,同社のメディア対応が当時の企業としては群を抜いて高い透明性と相互性(対話の重視)を示したことにも起因しています。医療機関においては,このようなメディア対応は今後さらに重視されることになるでしょう。

深刻な医療事故が生じたときには,家族はもちろん,保健所,警察や厚労省など関係諸機関へ速やかに報告するとともに,メディアへの公表についても考慮しなければなりません。自動車や電気製品の欠陥など,不特定多数の消費者が関係する一般企業による案件(例えば自動車のリコール措置など)のメディアへの公表基準と医療機関によるそれとはいくらか異なる側面がありますが,同じ治療を受けた患者さんが連続して死亡したり,多数者の院内感染などが判明した時には,一般への自主的公表を前提として速やかな情報の収集整理を行うべきでしょう。

因みに,「日本パブリックリレーションズ協会」が諸種メディアの記者を対象として行ったアンケート調査によると,何らかの不祥事が起こってしまったときに企業が最も避けなければならないことは,1)「会見での嘘,事実の隠蔽」,2)「取材の一切拒否」,3)「トップが記者会見にでないこと」,4)「トップが情報を知らずに会見に臨む事態」とされており9),おそらく医療機関においても取材者は同様の視線を以て事故調査委員会の発表を子細に点検することになるでしょう。

これらの点については,つい最近の政党の政治資金規正法違反事件に際して,当事者たる政治家がことごとく「知らなかった」,「記憶になかった」と繰り返しているあり様を,私たちは「最高の 反例 (・・) として覚えておくべきでしょう。

こうした背景の中,2006年に米国のハーバード大学関連16病院は,「When Things Go Wrong - Responding to Adverse Events - A Consensus Statement of the Harvard Hospitals(東京大学医療政策人材養成講座訳:医療事故:真実説明・謝罪マニュアル)16)」を発表しています。この小冊子には,医療事故が起こった際,真実を説明し,必要な時には率直に謝罪するべきであるとして,その具体的な方法や言葉遣いまでが記述されていて参考になります。

医療機関が事故や過誤について公表することは,第一に,その事件の一方の当事者である患者さんの知る権利に基づくものですが,それだけでなく,同じ事故を繰り返さないために原因究明を行う責任を全うする覚悟表明としての意義もあります。さらには,期待される社会正義を実行すると宣言する管理責任者/経営者の態度は,前節で述べたように,そこで働く医療者の志気を高めることにも寄与するということを,管理者は十分に認識しておかねばなりません。

(来月に続く)