ふじみクリニック

フード・ファディズム

2023.6.25


[2023.6.3 上清戸]

今年も夏至を過ぎ、沖縄では梅雨が明けたという知らせが入ってきました。例年、沖縄の梅雨明けの時期は、本州では概ね空を覆う雲がもっとも厚くなり、降雨のピークを迎えます。梅雨前線を作る南北の高気圧と低気圧が綱引きしている合間に、灰色の分厚い雲がふとした瞬間に途切れてあたりが急に明るくなると、思わず空を見上げてしまいます。ほんのつかの間ぽっかりとあいた雲間から降り注ぐ陽の光は、間もなく訪れる真夏の熱気を先取りさせてくれます。

こんな湿った時節には、頭痛が起きやすかったり、何か持病のある人なら身体のあちこちが痛んだり、ぎくしゃくしてしまいがちです。もちろん、はっきりとした心身の異常や苦痛が自覚された場合には、たいていの人は、どこかの医療機関を受診することでしょう。けれども、何があったというわけではないが、最近少し身体が重だるいとか、どうも活気が出ない、疲れやすくなった、風邪をひきやすくなったなどと感じながら、発熱しているわけでもないし、仕事や家事ができないわけではないといった程度の不具合が生じた際にはどのような行動を取るでしょうか。

なるべく早く寝るようにする、遊びの予定を先延ばしにして休日はゆっくり過ごす、暴飲暴食を避けて食生活を見直すなどのことは基本的な対処といえそうです。「自身の健康管理にどのくらい意を用いるか」という観点からみると、自己の心身の状態のわずかな変化にも敏感なタイプと、まったく頓着しないタイプを両極として、私たちの多くはその中間のどこかに位置することになるでしょう。

必ずしもひどく敏感なタイプでなくても、健康保持を重視する人の中には、食物に非常に気を遣ったり、たくさんのサプリメントを愛用する人がいます。日々摂取する食物飲料は私たちの健康や活力を左右するものですから、自らの(あるいは子どもたちや家族の)口に入れるものをより安全で健康増進に寄与する食品を選びたいという望みは、きわめて正当なものです。しかし、一定の生活水準が保障され、飢餓状態に置かれる可能性の低い、いわゆる先進諸国で問題になる食生活に関する現象の一つに「フード・ファディズム」というものがあります。

フード・ファディズムとは

フードは食物、ファディズムとは、「流行に飛びつく傾向」を意味します。フード・ファディズムとは、主にマスメディアを通じて流布されるコマーシャリズム等に影響された食情報を無批判に取り入れ、明らかな科学的根拠なしに特定の食物や栄養素を過剰に摂取したり、逆に有害視して排除するなどの偏向した食行動に陥りがちな傾向をいいます。従来対象となった食物としては、「紅茶きのこ」、「酢大豆」、「カスピ海ヨーグルト」等枚挙に暇がなく、現代日本において、一種の健康強迫に憑かれた人々が容易にはまりやすい陥穽となっています。Kanarekら(1991)の著書の翻訳1)を通じて本概念を紹介した高橋によると、「健康食品」の過剰摂取による肥満や極度に偏向した食事法による子どもの成長阻害等の問題点が指摘されています。最近でも、2006年、ダイエット食品として白インゲン豆を紹介したテレビ番組放映後、食中毒患者が158人に上ったという事例や、2020年、「納豆が新型コロナウイルスに有効」という出所不明の噂話から、納豆買い占めに走る人が多数発生し、一時品薄になったという事例などが思い出されます。

1)Kanarek RB, et al(高橋久仁子他訳):「栄養と行動 新たなる展望」,アイピーシー,東京,1994

人間-ヒト-も動物の一種にほかなりませんから、自然状態にあっては、身体に欠乏した食物飲料を素朴に欲求し、それを摂取できたときに「おいしい」と感じ、不要なものや害になるものを口にした時には、「まずい」と感じるか、ときには嘔気を催すなどの反応が生じるのが原則です。大汗をかいた後の水分および塩分の渇望とか、身体労働の後の甘味への欲求などが代表的といえるでしょう。したがって、本来自分が食べたいと思う欲求に従って食べたいものを腹八分目に摂取すればよいはずですが、食物が豊富な社会にあっては、必ずしもそうはいかないのが難しいところです。

ヒトに限らず、動物一般はその種の誕生以来、常に「飢え」の中で暮らしてきました。まだ食べられる食品が廃棄されたり、レストランの厨房の外に客の食べ残しが大きな袋にいくつも積まれるような「飽食の時代」など、人類の永い歴史においてはほんの点のような瞬間的事態なのです。人間以外の野生動物なら今でも、そこに食べられるものがあれば胃袋がはちきれるほど食べておきます。そのあとに来る長い空腹の時間を耐えるために。

ところが食べ物が豊富にある時代や社会では、食は生存のためという以上に、快楽の一つとしての意義が強調されてきます。食物そのものだけでなく、食器、食卓、食事をする場の美しさとか、会食の相手とか、食を巡る周辺事情へのこだわり、つまり「何を食べるか」だけでなく「いつ、どこで、どのように食べるか」が重視されるようになってきたのです。こうした趨勢の中で発生しているのが、さまざまの食行動異常(「拒食症」や「過食症」などの摂食障害)でもあります。様々な背景や病型のある摂食障害については別の機会に触れたいと思いますが、上述のフード・ファディズムもまた「生きるための食」というより、「長命のための食」、「老化防止のための食」、「頭がよくなる(認知症予防の)ための食」、「美しくなるための食」など、やや変質した人間の欲求を反映した現象といえるものでしょう。

フード・ファディズムに陥らないために

フード・ファディズムに陥らないようにする方法は、食と健康に対するしっかりとした知識を身に着けることです。しかし食やサプリメントに関する昨今のおびただしい情報をどのように取捨選択するかは容易ではありません。上述の「栄養と行動」によると、食事や栄養の影響を検証する唯一の方法は科学的研究による立証であり、薬剤の治験の基礎となっている「根拠に基づく医療」(EBM;evidence-based medicine)の方法論に準拠した栄養学の知見か否かを判別のよりどころにするしかありません。

ここでは、日々の食生活に参考になるガイドラインを一つだけ紹介しておきます。U. S. Department of Agriculture;米国農務省)による “Learn how to eat healthy with MyPlate” です。これは英語のサイトですが、5つに分類された食品群の好ましい摂取比率(円グラフ)を食卓に置かれた皿とカップを模して示したイラストは、とてもわかりやすいものです。もちろん、米国人と日本人の体形や体格の違いなどを考慮しなければなりませんが、日本の厚労省の啓発サイトにも、このような一目でわかる目標を示していただきたいものです。