ふじみクリニック

「うつ状態」と「うつ病」

2021.09.03

はじめに

 「うつ病」や「心身症」,「パニック障害」などに関する解説記事が,新聞やテレビで紹介されることはもはや日常的になりましたが,そこで述べられているのは,臨床医がふだん用いるよりもかなり広い概念であることが多いようです。「うつ気分」は,それが一時的ならば誰でも経験するものですが,治療を要する「病的なうつ」と「それ以外のうつ」を区別することは必ずしもやさしくはありません。

 「うつ」,「抑うつ」など呼び方が違うこともありますが,両者は同じものです。ここでは日常的な意味で,「気が沈む」,「憂うつである」,「元気が出ない」,「家事を始めたり,仕事に行く気がしない」などを「うつ」として,精神科や心療内科に受診した方がよい「うつ状態」について解説したいと思います。

「憂うつ感」や「やる気がでない」状態はすべて「うつ病」とは限らない
精神科の診察と診断の手順

「うつ状態」という言葉と「うつ病」とはどのように違うのでしょうか。結論を先に言ってしまうと,「うつ状態」とは症候群の名称であり,「うつ病」とは疾患名だということになります。

と言われても,もう一つわかりにくいかもしれません。

精神科に限りませんが,血液・尿検査や,胸部X線検査・脳CT・MRIなどの画像検査などは別として,診察室で患者さんやご家族の話を聴きながら病気を診断してゆくプロセス(対話的問診と身体診察)は,おおむね以下のような順になります。

1)患者さんの主観的苦痛(苦悩)や心身機能の低下を列挙してもらう。
例えば,〈頭痛〉,〈腹痛〉,〈歩行時の膝の痛み〉,〈記憶力低下〉,〈自分が生きている意味が分からなくなった〉などです。これらは一つ一つ「主観的症状」として記録されます。

2)あわせて,外からも見える(他者から指摘される)変化や異常を列挙してもらう。
例えば,〈先週から夕方になると37.5℃くらいの発熱がある〉,〈ふだん歩くスピードが遅くなったと家族に指摘された〉,〈今月に入る頃から駅の階段を登ると息切れして,途中で何度か休まないと登り切れなくなった〉,〈痛くもかゆくもないが,頬の赤みが取れない〉,〈最近ぼーっとしていることが多いと友人に指摘された〉などです。これらは「客観的症状」として記録されます。

3)症候群(症状のセット)とは,1)主観的症状と2)客観的症状の特徴的な組み合わせとして名づけられるものです。
血液検査などの臨床検査の結果を含めて,一つの症候群の名前が付けられることもあります。内科でいえば「ネフローゼ症候群」とか,「パーキンソン症候群」等々多くが知られていますが,症候群診断は特定の疾患診断につながる一歩手前の診断概念ということになります。

うつ状態とは,「症候群(症状のセット)」である
うつ状態を示す疾患は多数あり,それぞれ治療法が異なっている

「うつ状態(=抑うつ状態)」とは,この症候群のことを意味しています。精神科でも「症候群」という言葉を使わないことはありませんが,診断のための客観的検査が内科や外科のようには多種類用意されておらず,主観的症状や行動上の変化を中心に診断することが多いので,伝統的に「〇〇状態」とか「△△症状群」と呼ばれてきました。精神科の「病的状態(症候群)」としては,「うつ状態」の他にも「幻覚妄想状態」,「強迫状態」,「コルサコフ症候群」などがあります。

病的なうつ状態とは,たんに①「憂うつ気分」などの気分の変化が生じただけのものではありません。②「やる気が出ない(意欲低下)」,「疲れやすく根気が続かない」などの精神活動性の低下③「悲観的な考えばかり浮かんでしまう」などの思考ないし認知の変化④便秘,体重変化を伴う食欲不振,頭痛などの身体症状-等から構成される複雑な病態であり,表1のように,正常範囲から複数の疾患に至る広範な基礎疾患の下に発症するものです。基礎疾患により薬物療法や心理社会的治療の種類は異なりますから,症候群診断から疾患診断に到達して初めて,適切な治療に結びつくわけです。

もちろん,初診時に診断が確定し難いこともめずらしくはありません。前述した症状や症候群をお聴きするだけでなく,どのような状況(ストレッサー負荷)の下でそうした変調が生じたのか,元来の性格傾向はどのようなものであったのか等々を何回かの診察の中で明らかにしていくことが真の診断に必要になることもあります。

さらには,十分な休養を取りながら,薬の治療を試し,その反応性(効き目があったか否か)を以て診断の補強材料とすることもあります(これを「治療的診断」と言います)。

正常範囲のうつ状態(一過性のストレス反応等)
対象喪失(大切な人との死別あるいは予期せぬ離別等)などに伴う心因反応
2が遷延したもの
神経症(不安障害)の部分症状
パーソナリティ障害による2次的な症状
内因性うつ状態
  • ①単極型うつ病(国際診断基準では「大うつ病〈Major Depression〉」)
  • ②双極型障害(躁うつ病)のうつ病相
統合失調症の部分症状としてのうつ状態
  • ①初期抑うつ(Conrad K)
  • ②精神病後抑うつ(McGlashan TH)
  • ③再発の前兆
身体疾患の部分症状としてのうつ状態
  • ①症状性:内分泌疾患,代謝障害,膠原病(自己免疫疾患)など
  • ②器質性:脳出血や脳梗塞の後遺症の部分症候,脳腫瘍の部分症候など
  • ③薬剤因性:副腎皮質ホルモン製剤,インターフェロン,βブロッカーなど

表1 うつ状態を呈する基礎疾患

受診した方がよい「うつ状態」

1 病前との差異が比較的急で大きいとき/軽くても長期間うつ状態が続くとき

うつ状態に陥るきっかけとなるストレス状況の有無にかかわらず,それまで長期間大きな問題もなく学校や仕事に行くことができていたのに,ある時期から登校や出勤に大きなエネルギーを要するようになったり朝になると身動きできなくなった,主婦であれば日々の買い物に出かけることがひどく億劫になった ― 等が生じたときには速やかな受診が勧められます。

「ある時期から」というのは,表1の6「内因性うつ状態」の発症の場合には,概ね週から一月くらいの単位ですが,半年,一年以上憂うつ気分が続いていたり,物事への関心が乏しくなっていたりする場合には,「うつ病」ではなくても,何か自分でも気づいていないこころの葛藤やストレス状況が潜在している可能性があります。現在自分の置かれた状況や人間関係を整理しながら,どうも割り切れない思いが残るときには受診して,うつ症状以外の症状の有無をチェックしたり,背景情報をより丁寧に調べる必要があります。

2 「生きていく意味がつかめない」,「死にたい気持ち(希死念慮/自殺観念)がふとわいてくる」ようなとき

どのタイプのうつ状態でも,自殺の危険があります。実際に自傷行動や自殺企図が生じれば,ご家族や周囲の方が本人を説得して受診につながることが多いと思われますが,病の初期には,ふだんとさほど異ならない外見や行動を示していても,こうした考えが芽生えていることがあります。見かけでは大きな問題(生活機能低下)が生じていなくても,ちょっとした態度や言葉遣いの端々に,ふだんのその人と違った様子が見えたときには,「どうかしたのかしら?」と尋ねあえる関係性を育んでおきたいものです。

専門的診断とは異なりますが,家族や職場では,表2のような簡易な質問がうつ状態のスクリーニングとして有効なことが知られています。

この一月(ひとつき)の間に,気分が落ちこんだり,気が沈んだり,絶望的になったことが何度もありましたか?
この一月(ひとつき)の間に,何をするにも関心がわかなかったり,楽しめなかったことが何度もありましたか?
本日受診するまで誰かに援助を求めたことがあるか,あるいはこの診察で私たちに援助を求めたいと思いますか?
  1と2はSpitzerら(1994)により提唱された2質問法。Arrollら(2005)は,これに3の援助要請意思を問うことで特異度が60%から94%に向上(偽陽性例が減少)したと報告。

表2 うつ病スクリーニングのための簡易な質問項目(Arroll B, et al. BMJ 331: 884, 2005)

受診する前に自分でできること-心身の健康状態の自己チェック

「こころの状態(健康度)」を自分で評価することは案外難しいものです。2015年の労働安全衛生法の改正によって,職場ストレスチェックが事業主の義務とされましたが,自分の精神状態を上司や職場管理者に知られることに抵抗感があり,ありのままの回答がためらわれることもあるでしょう。

インターネットを調べれば,短時間で実施できる「ストレスセルフチェック」もいくつも見つかります。例えば,厚労省監修の「5分でできる職場のストレスセルフチェックhttps://kokoro.mhlw.go.jp/check/)」などを試してみるのは悪くない方法です。

ここで大切なことは,そうしたチェック表で高得点(うつ状態,疲弊状態,あるいは自己コントロール困難なストレス状態)が示されたときに,「自分がこんなはずはない」などと結果を否認しないことです。すぐに受診するという決心がつかなくても,少なくとも信頼できる人に「ストレス過多を指摘されたんだけど,最近のオレ(ワタシ),どんな風に見える?」などと確かめてみてください。

こころの状態より見えやすいものは日常的な身体の状態です。かんたんに自己チェックできるのは,睡眠と食欲の2項目です。

1)睡眠状況

短眠型の人も長眠型の人もいますが,成人ならば週平均6時間/日程度は必要です。

疲れて眠いはずなのに,寝床に入ると妙に目が冴えて,いろいろな考えが湧いてくる(入眠困難)
②寝入りは悪くないが1~2時間で目が覚めてなかなか再入眠できない(中途覚醒)
③まだ寝ていられるのに予定より1時間も2時間も早く眼覚めててしまう(早朝覚醒)
④それなりの時間寝てはいるのだが,一晩中夢を見ていたり,周囲のことがうっすらわかっていて寝た気がしない朝起きたときはぐったり疲れた気分である(熟眠障害)

以上のような状態が数週間続くときは,受診を要する状態と言えます。

2)食欲

①とくに身体の異常がないのに,食欲低下が1週間以上続くとき。
②食欲低下を自覚していなくても,とくに意図的なダイエットをしているわけでもないのに体重減少(ふだんの平均体重の5%以上/月)が明らかであるとき。
ただし体重減少は身体疾患の現れである場合もありますから,精神状態に全く変調を自覚していなければ,まずは内科等に相談の上,身体の病気が否定された後に精神科や心療内科の受診という順になります。
食欲亢進が1週間以上続くとき。あるいは,食欲と自覚していなくても,何か口寂しくて,気が付くと冷蔵庫を漁っていたり,夜間途中で目覚めたときに何か食べないと再入眠できないなどのやや普通とは言えない食行動の変化などもこころの変調を表していることがあります。

急がば回れ

これらの状態の背景に対応可能なストレス状況があるときには,十分な休養を取ったり,先回お示ししたようなストレス回避策/解消策を試みてもよいでしょう。

もっとも「仕事が忙しくて」,「今頑張らないと試験の日に間に合わないから」,「ここで休んだら周囲に迷惑をかけてしまうから」,等々休養を取る心境になれないことも多いと思われます。しかし実はそういうときにこそ他者の意見にも耳を傾け,受診を考慮すべき時機なのです。急がば回れ。どんな病気でも早い時期に診察を受け,必要な治療的対応を講ずることが,結局はもっとも早く日常生活に立ち戻る方法だということを知っておきたいものです。