ふじみクリニック

環境・個人によって異なるライフストレス(1)

2021.08.10

はじめに

 このコラム欄には、私たちが心療内科や精神科のドアを叩く理由になる様々な症状や病について一般的な解説を掲示していきたいと思います。最初に、「ストレス」「ストレス対処」に関するお話しから始めましょう。

 ストレスという言葉はかつて「現代用語の基礎知識」(年刊、自由国民社)などにおいて、何年にもわたって「よく使われる外来語」の最上位にランクされていた頻用語です。今では多くの人がこの言葉を使わない日はないというくらい頻繁に口にする用語になっています。しかしどういう出来事や体験が「ストレス」になるのか、「ストレスを避ける」などといっても、ほんとうにそんなことできるのか、ちょっと考えてみるとなかなか難しい言葉でもあります。
なるべく正確に理解していただくために、いくらか硬い説明になりますが、何回かに分けて解説しますので、ゆっくりお読みいただければ幸いです。

1 ストレスとストレッサー

 カナダの生理学者ハンス・セリエは、1930年代後半、心身の負担となる刺激により個体内部に生じる緊張状態をストレス(stress)と呼び、ストレスを惹き起こすような外部からの刺激をストレッサー(stressor)と定義づけました。

 その後数えきれないほどの研究が行われ、この用語はカタカナ語のまま日常用語としても広く用いられるようになりました。最近では「ストレッサー」と「ストレス」とを一緒くたにして「ストレス」一語で表す傾向が定着していますが、ほんらいストレッサーとストレスとは別の意味の言葉です。

外部から加えられる有害刺激(ストレッサー)の結果私たちの心身に生じる一連の生理学的反応(ストレス)は、私たち個人の対処能力や身体的・精神的資質のみならず、その時その人が置かれた環境条件によっても変化するということを押さえておきたいと思います。

 一方セリエは、このような生理学的反応(ストレス)には、ストレッサーの種類によらず共通なパターンがあることを見出し、これを「汎適応症候群」と名づけました。彼によれば、本症候群は時間の流れに沿って、①警告反応期、②抵抗期、③疲憊期という一連の経過を辿ります。すなわち短期的には、ストレッサーによって動揺した生体の内部環境を元の状態に戻そうとする恒常性(ホメオスタシス)維持の方向性を持つ生体変化(エネルギー資源の動員、炎症の抑制、感染防御等)が優勢ですが、ストレッサーが長期に及ぶにつれ、恒常性を保つことが難しくなって、生体にとって好ましくない変化が生じてきます。このように、ストレスとはストレッサーへの適応反応であり、時とともに変化を辿るプロセスであるというのが、セリエのストレス理論でした。

以下には、私たちが日々体験する心理社会的ストレスの特性に焦点をあてて概説します。

2 ストレスの成立過程

1) 外部からの刺激(負担)は、その人の心身のバランスを崩したとき(=「ストレス状態」が生じたとき)に初めて「ストレッサー」と呼ばれる

 何がストレッサーとなり、その人にストレスを生じさせるかということには大きな個人差があります。ある人の健康状態を悪化させた外部からの有害な刺激、例えばある程度以上の運動負荷や転居などの生活変化が、別の人には快適な刺激や出来事として作用し、健康を増進させることもあるわけです。

 また同じ個人でも、若いときには充足感をもたらし、健康維持に役立ったはずのテニスやジョギングと同じ量の身体的負荷を、老齢期に達したその人に課したのでは侵襲的に作用するというのも当然といえるでしょう。つまり、ある刺激や変化がその個人に結果として有害な変化をもたらしたときに初めて、それらの刺激はストレッサーとみなされ、ストレスが成立するには個人の側の特性が大きく関与するというわけです。

 しかし、個人の側の特性といっても、体力や年齢等、わかりやすく数値化しやすい要因ばかりではありません。例えば、同じような苛酷な心身への負荷であっても、オリンピックの参加権を獲得したアスリートが自ら望んで強化合宿に参加し受けている訓練と、戦時下の捕虜収容所において強制された虐待的な労働負荷とでは、全く異なったストレッサーとして作用します。

2)ストレッサーの強度/有害性はその個人の認知的評価に左右される

 人間においてはとくに、その刺激や変化がどのような状況の下に、現在の自分にどのような意味をもって与えられているのか、将来どのような意味をもつことが予想されるのかといった認知的評価(cognitive appraisal)が、ストレスの形成に大きく影響するのです。

 ストレッサーにさらされた際に、それにどのように対処するか、またストレスの解決を支援してくれる共感的な他者が存在するか否かによっても、ストレス形成のプロセスは左右されます。
例えばレイプ被害にあった女性が警察の事情聴取を受ける場合に、被害者の羞恥心や恐怖心を十分にわきまえているボランティア女性に支えられながら、プライバシーの守られた部屋で丁寧なインタビューを受ける場合と、勇気を出して警察に届け出たのに、夜更けに一人歩きするあなたにも責任があるといわんばかりの態度で対応された場合とでは、その後生じるストレスは大きく変化します。

 このように、ストレスを規定する要因としては、ストレッサーの特性(大きさ、持続性、反復性、人為性、秘匿性)、認知的評価と対処形式を含む個人の特性、そしてストレッサーを受けた前後の状況(機能的なサポート・ネットワークの有無)という三種があげられますが、臨床的にはこの三者は相互に干渉しあい、ストレスは変化していきます(下図)。

ストレスのプロセス

(次回は「ストレッサーの特性」、「ストレス成立の個人的要因」についてです。)